5月8日は解放の日でした。ナチズムの暴力支配という人間蔑視の体制から、あの日は我々すべてを解放したのです。...... ユダヤ人の集団虐殺は、歴史上、例がありません。この犯罪は少数の者たちの手によって行われました。世間の目からは遮られていたのです。...
... ヒトラーが、災禍への道に駆り立てる力となりました。彼が、大衆の妄想を発生させ、それを利用したのです。...
... 過去のまえに目をつぶる者は、現在に対しても盲目となるのです。...
... ナチ主義者やヒトラーが「アジア的蛮行」を行ったのは、もしかしたらただ単に、彼らが自分たちや自分たちの同胞を、「アジア的蛮行」の潜在的あるいは現実の犠牲者だ、と見なしていたからなのではないだろうか。収容所群島の方がアウシュヴィッツよりもいっそう根源的ではなかったのか。(エルンスト・ノルテ, 1986年)
![]() ドイツとポーランドの国境 出典: 永井清彦『国境をこえるドイツ』 講談社現代新書, 1992年, p.12. |
![]() 廃墟となったワルシャワ 出典: 伊東孝之『ポーランド現代史』 山川出版社, 1988年, p.175. |
![]() ゲットー英雄記念碑前でひざまずくブラント首相 出典: 木佐 (2001), p.145. |